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Mちんからの手紙

昨日、Mちんから手紙が届きました。

Mちんは今から数年前、
赤団子太郎(=赤太郎)が庵に来た当時の現地スタッフで、
庵を離れた今も、一人の支援者として此処の応援を続けて下さっています。


文字通り寝食を共にして、赤団子太郎の看病に当たった当時の思いと、
元:現地スタッフとして皆様への感謝の言葉を、綴って下さりました。


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支援してくださる皆様へ


いつも庵への温かいご支援、ありがとうございます。


皆様の善意の気持ちに包まれ、たくさんの仲間達と楽しく過ごしていた赤太郎が
虹の橋を渡って行きました。


下半身不随の赤太郎が生きていく事は決して簡単なはずがありません。
一日に数回、人間の手でおしっこ・うんちを出してあげなければなりません。
それでも膀胱炎を起こして血尿が出る事もありました。


当初は下痢でお尻がかぶれてしまい、
w/dのフードにたどり着くまで不快な思いをしたはずです。
先生からも「長くは生きられない」と宣告されていました。


しかし、赤太郎は信じられないくらい元気でした。
前足だけでプラケージの天井にぶら下がってみたり、
ねずみのおもちゃを追いかけたりします。
一緒に私の実家に帰った時には畳で爪とぎして、二人でお母さんに怒られました。
便の状態が良くなると、お腹をマッサージして排泄を促している間に寝てしまったり・・・


ボランティアハウスに帰れば (故)こっちゃんとスリスリして、
梨利子ちゃんにネコパンチしていました。



【こっちゃん】
このHPで紹介するのは初めてですが、先天性の心臓奇形で亡くなった女の子です。
※写真は「お手伝い日記byララクナ」よりお借りしました。是非こちらもご覧下さい。



赤太郎とはずっと一緒でした。


私にとって特別な子です。


そんな赤太郎は先生の予想を裏切って7年という月日を過ごしてきました。
決して赤太郎だけの力ではありません。
w/d、おしり拭き、おむつなどは生命線です。
これらがなければ、赤太郎の充実した日々はなかったはずです。



【赤団子太郎が食べていた w/d】
wd.jpg


皆様のご支援のお陰で、私は赤太郎と貴重な時間を共にする事が出来ました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。


別れの時は必ず訪れます。


当然のことですが辛い事です。


それでも庵の日々は続いています。


まだまだ、たくさんの子が懸命に生きています。
どうか力を貸して頂けますよう、お願い致します。


赤太郎は幸せでした。



【2007年10月撮影:ジョイちゃん(左)・赤団子太郎】



今頃、仲良しだった(故)こっちゃんや(故)JOYちゃんと、
だんごになって眠っているはずです。
そして空の上から、こう言います。


「かか、姉ちゃん、泣くなよ。まだまだ、これからだよ」


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もう一つ、現地からの伝言も届いています


がたさまへ、
赤団子太郎にぴったりの茶トラの明るいお花を、ありがとうございました。
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