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ぶうぶう号と茶々

いつも(かかさんと)一緒だから、車での移動距離が一番長い茶々。※ぶうぶう号=かかさんの愛車
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こんこちゃん

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かかが(具合が悪くて)、(夜眠る前の)ケージ入れが出来ない間、自力でジャンプして入れるようになっていた「こんこちゃん」

うる

炬燵に篭りっきりのうる
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経過報告5:「にゃぁハウス」の天井と屋根

無事に修理が済んだ屋根の写真と、「ぶうぶう2号」の写真が届きました。
かかさんからのメッセージです。


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「屋根は綺麗に修理され、シルバーの新ぶうぶう号も届きました。
皆様の御支援のお蔭です。大切に使わせて頂きます。
有難うございました。」

2006年6月発行号

※抜粋掲載。ネット上での公開に伴い、写真と写真説明文に若干修正あり。
~黒猫とお母さんの話~

一匹の黒猫がお母さんと二人で暮らしていました。五月には鯉のぼり、七月には七 夕飾りと季節の行事を楽しみながら二人仲良く暮らしていました。枕には二人の頭が 並び、朝のお母さんの珈琲タイムは、ニャンコにとって大好きなフレッシュミルクタ イムでした。
そんな二人の生活にもう一匹、中学生に虐められていた茶トラの大きい女の子が加 わりました。お腹に赤ちゃんがいたその子は、やがてすぐにお産の日を迎えました。 キッチンのガラスドアの向こう側にある、廊下コーナーが茶トラの女の子とその子供 であるチビ達の場所になりました。
黒猫は時々ガラス越しにチビ達が遊んでいるのを眺めたりしていました。しかし、 お母さんと自分との二人だけの生活が一番大切だった彼は、それ以上の関心を示す事 はありませんでした。

そんな日々が流れ、二ヶ月半経ってチビ猫達がりっぱな大きさに成長した頃。ある日お母さんが仕事から帰ると、茶トラの女の子のお尻が血まみれになっていま した。驚いたお母さんが、痛がって嫌がる茶トラの女の子のお尻を何とか調べてみる と、中身が5cm程はみ出していました。お産の後ずっと体調が優れず下痢が続いた挙げ句の出来事でした。急いで病院に連れて行きたくても、土曜日の夜に連絡が取れる 動物病院は何処にもありません。痛がって鳴く茶トラの女の子の声を耳にしながら、どうしてあげる事も出来ずに、ただ早く朝になる事を祈るだけの長い長い夜でした。
やっと夜が明け、お母さんは電話帳片手に片っ端から動物病院に電話を掛けました。何件も何件も掛け続けてやっと、11時には出かけてしまうけれど、それ迄に終わるようなら診てくれるという先生を見つけました。大急ぎで連れて行くと「これなら簡単な手術で済む」と言われ、思いもよらぬその言葉にほっとしたお母さんは茶トラの 女の子にこんな言葉を掛け、一旦家に帰りました。
「先生がすぐ治してくれるから大丈夫だよ。」
「終わったらすぐに迎えにくるからね。」

家に戻ったお母さんを待っていたのは点滅する留守電のマークでした。
「何だろう・・・?」
本当に何気なく、再生ボタンを押したお母さんの耳に飛び込んで来たのは、
「猫の心臓が止まりました。すぐに来て下さい。」
という病院からのメッセージでした。一瞬何を言われているのか判らず、しかし次の 瞬間お母さんは今来た道を走り出していました。
病院に駆け付けたお母さんの眼に映ったのは、横たわる茶トラの女の子の身体でし た。先生の言葉がどこか遠くの方で聞こえる中、そっと抱き上げたその身体はまだ暖 かでした。
茶トラの女の子を連れて帰ったお母さんは、その夜ずっと泣き続けました。食事も 取らず、部屋の中で横たわる茶トラの女の子の身体を撫でてはお線香をあげ、また涙 を流す。黒猫は、そんなお母さんの姿をじっと見ていました。
茶トラの女の子が亡くなった夜、心配だったのは突然母を失った5匹のチビ猫達の事でした。お母さんが泣きながら、タオルケットを持って廊下にあるチビ猫達のコーナーに行こ うとしたその時、今迄茶トラの親子には一切関心を示そうとしなかった黒猫が、初め てガラスのドアを「開けて」と言いました。
そうしてその晩は黒猫の周りにチビ猫達が固まり、その傍らでお母さんも加わって皆一緒に廊下の片隅で眠りました。朝になり、黒猫は自分のコーナーへ戻りました。黒猫は男の子でおっぱいは出ませんでしたが、その身体は5匹のチビ猫にちゅぱちゅぱ吸われて全身涎まみれでした。
次の晩も、またその次の晩も・・・。その後一ヶ月余りも、夜になると「ドアを開け て」と言ってチビ猫達の所へ行き、朝になると身体を涎まみれにして自分のコーナー へ戻るという、黒猫の生活は続きました。 その姿にお母さんは言い様のない感動を覚えました。それは猫に対する考え方がガラリと変わる体験でした。
横たわったまま動かない茶トラの女の子、泣いてばかりいるお母さん、何も知らずに母猫を待っているチビ猫達・・・それらの事を自分なりに捉えて、チビ猫達を思 いやる行動に出た黒猫の中 に、お母さんは「思いやりの心」を強く感じました。人間でさえ忘れてしまいがちな その心を、黒猫はちゃんと持っていたのです。黒猫は、それから先も事ある毎にお母 さんに驚きを与えてくれました。

【動物も人間も同じ心を持っている】と、そう教えられ、人間が優秀であるという概 念は吹き飛ばされました。そのお陰で、お母さんのそれからの人生は違ったレールの上を走る事になります。
黒猫の名前は「さる子」と言いました。お母さんは十数年前の私です。
「さるこの庵」の名前は、さる子から教わったすばらしい事を忘れない様、此処が 思いやりの心で一杯な場所になる様に願って付けました。

2006年 初夏  かか

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元祖ぶうぶう号に乗るさるこ(左)と、自慢の勲章

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かかさんの肩に抱っこされるさるこ


【2005年冬~2006年春・虹の橋に旅立った子達】
moukochan_wakare.jpg もうこちゃん 黒い部分が多い黒白柄でした。お花は白で飾りました。 kontarou06.jpg こんたろう君 皆さんから送られてくるクリニケアが大好きでした。 maru_saigo.jpg まる まるの一声で、大騒ぎのワン達が静まっていました。眠るように旅立ちました。
sagachou_wakare.jpg さがちょう 最期の時は皆がお別れを言いに、回りに集まっていました。
bibibunko.jpg びび文 キャットタワーで遊ぶのが大好きな、活発な子でした。 ringokun.jpg りんご君 人と触れ合うのが苦手な子だった為、写真は少ないです。 kinkonchan_200606.jpg きんこんちゃん 真っ白で人懐こい子でした。ケージはさうる子ちゃんと二人部屋でした。

経過報告4:「にゃぁハウス」の天井と屋根

屋根・天井修理に関して、さいとうがその後の様子を伝えてくれました。 屋根の全体修理に関する見積もり額・50万前後というのは、去年の見積もりでした。工事をする今年は、原油高騰の影響でもっと高くなるはずだったのですが、業者の方(支援の際にお知らせしていた山口の方ではありません)が、動物好きでいらっしゃたことで、無理を通して下さったそうです。
先日来懸念されていた配管の修理(配管が壊れて、雨天時にはそこから水が溢れ出てしまい、犬達がいるわぁわぁ広場が水浸しになってしまっていました)も含めて、59万3250円で修理が完了しました。 入梅する前に、屋根の修理、そして配管修理も終えられたこと、本当に安心しました。

改めて、支援にご協力頂いた、ご支援者の皆さんに、お礼申し上げます。ありがとうございました。

天井の修理も同じ業者さんにお願いすることになっています。
ただ、天井劣化の原因の一つとなっていた、天井裏へ入り込んだ猫達のおしっこからくるアンモニア臭がきついこともあり、今の季節では作業が厳しいようですが、秋~冬の時期に、今回と同程度の額で修理工事をして頂けそうです。
修理が完了しましたら、またご報告をさせて頂きます。

なんちん&独園ちゃん&みのり君

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右:なんちん
左上:独園ちゃん(キジ白)
左下:みのり君(茶トラ)
(ケアルームで寛いでいます:さいとう)

りんご君

伝染性腹膜炎で冬に亡くなった、りんご君です。
人と触れあう事が苦手な子だったので、なかなか写真も撮れなかったりんご君。
左は、もう大分具合が悪くなった頃の写真です。
ringokun_1.jpg
ringokun_2.jpg

やがさん太郎

まともな時のやがさん太郎
yagasantarou.jpg

奥から「茶々(ワンコ)」「やがさん太郎」「みのり君」
yagasantarou_minorikun.jpg

いつもこんな格好で寝ている、やがさん太郎。
やがさん太郎も管理センターから救出された子です。
yagasantarou_chacha.jpg
プロフィール

さるこの庵

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