FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

生全寺の近況 (2003/03)

~ぷんたんきん と みつばちゃん と いら太君~
saruko0205.jpg
 毎晩、布団を敷いて横になると、かかの右側のほっぺたの横にくっついて右腕を枕にする場所に黒猫の「さる子(写真↑)」が来ます。そのかかの大事なさる子とかかの間に割り込んで来ようとするのが「ぷんたんきん」です。カッカ・・・カッカ・・・と毛布を掻いて入り込んできます。私が寺の子のお世話の合間にちょっと休憩しようとゴロンと横になっても「ねんね?ねんね?」と、すぐ来てしまいます。その時は毛布を掛けていないので、代わりに着ているシャツをカッカ・・・カッカ・・・と掻いて、上手く中に入れずに諦めて胸の上に乗っています。でも横になる時は私も身体がキツイ時なので、かかの上から下ろされてしまいます。するとプン!としてご飯を食べに行っています。

 「みつばちゃん」と言えばメキメキと肉付きも良くなり元気に遊び回るようになり、お陰で御堂がグジャグジャになります。「いら太君(写真↓)」は自分からは余り寄っては来ませんが丸々としていい感じです。去年の五月にこの子達は寺の子となりました。
irata200612.jpg


それは年金で暮らすお年寄りからの、市役所への一本の電話から始まった事です。
「子猫を保健所へ連れて行きたいのだけど・・・」、「それなら、生全寺という所へ連れて行って下さい。電話番号は***です。」
 生全寺は市役所や図書館、警察署や派出所などへの電話番号や所在地の確認は、固くお断りさせて頂いています。何故なら、そういう所で場所を聞いて来ては動物を捨て置きしたり、引き取りを強要したり、果てはマスコミが無断で取材に来てしまうという事が続いたからです。

goko20021116.jpg
 この時市役所側として電話の対応をされた課長さんは、生全寺からすぐそこにあるお宅の方です。そこに【生全寺に相談すればきっと何とかしてくれるよ = その子達が生きていけるよ】という優しい思いがあったとは決して思えません。何故なら生全寺のある場所は、地理的に考えても知っている方に前もって教えて貰わない限り、初めての方にはとても探し出すのは困難であるにも関わらず、その後にもボロボロの状態の老犬(吾子ちゃん:写真↑)がお寺の外に繋がれて置き捨てにされたからです。もしこの課長さんが優しい気持ちで生全寺の場所を教えているとしたら、こんな状態で犬を無断で放置していく事はありえないように思います。こういう目に見えない嫌がらせも今に始まった事ではありませんが・・・。

erena010921.jpg
 またその一年前の夏、課長さんのお宅のおじいちゃんに寺の子のえれな君(ワンコ:写真↑)は何度も棒で叩かれ、それに気付いて慌てて出ていった私は「お前ら」呼ばわりされ、危険を感じて話し合いに行った住職は胸ぐらを捕まれて拳を振りかざされるという事もありました。それを考えると、同じ家に住む課長さんが優しい気持ちで生全寺を紹介したとは思いにくくなるのです。

 しかしそういう事が判りきっていても住職は年金暮らしのおじいちゃんに対して優しく対応します。自分の対応一つに、まだこれからも続くはずの六人の子猫の生命が掛かっているからです!!


 生後二~三ヶ月と言われた子猫は極端に華奢で痩せた小さな二人と、中位の二人と、大きい方の二人で、皆風邪をひいて痩せていました。この子達はこのおじいちゃんがご飯をあげている母&娘の野良ちゃんの子供だそうで、この二人の母猫と六人の子猫達はお部屋にあげて貰っていました。おじいちゃんは子猫が一人襲われてしまった後、二度とそんな事の起きないように軒先に置いていた子育て用段ボールごと室内に移してあげたのだそうです。おじいちゃん家の座布団の上でくつろぐ子猫達からは、お母さん猫とおじいちゃんに守られて、穏やかに日々を暮らしていた様子が見て取れました。

 ところで、生全寺では新しい子が来るとすぐに健康診断とワクチン接種をお願いしに獣医さんの所で連れて行きます。もちろん子猫達も寺の子となってすぐワクチンを打ちに病院へ連れて行ったのですが、風邪をひいているので打つ事ができませんでした。お薬や注射で治療を続けましたが、小さかった二人が順番に、そしてもう一人真っ白だった子が亡くなりました。小さかった二人は私の胸の上でいつも寝ていました。三人が順に亡くなるまで一ヶ月と半月くらいの日数があった様に思われます。三人とも寺の子として、順次霊園で荼毘させて頂きました。残念でした。

 後の三人は治療の甲斐があったのか本人の生命力か、次第に肉付きも良くなり最初に紹介させて頂いた様に元気に今も暮らしています。年金暮らしのおじいちゃんは、それから六ヶ月間毎月、月に一度年金の支給があった翌日にお魚いろいろ(フリスキーのニャンコ用ドライフード)を二袋下げて自転車でみえました。二ヶ月間はお布施を包んでみえました。・・・でもそれはお断りしました。

 なぜなら、そのお布施を使って母&娘のお母さん猫に避妊手術を受けさせて欲しかったからです。そうしないとこれから何度も産んでは捨ての繰り返しになる事、その生命の数が両手の指では足りなくなる事、そして捨てられた子達の寂しさと、その中で味わう恐怖感や飢えの恐ろしさ、そしてその殆どの子が生き延びてはいけない事を、おじいちゃんに会う度に訴えました。

 秋頃、母さん猫が再びお腹が大きくなった事、でも具合が悪そうでフラフラしている事を聞きました。次の月にその母さん猫が姿を見せなくなった事、娘さん猫の方が四人の子供を産んだ事を聞きました。この時「産まれた子をどうするんですか?」と尋ねたところ、「お宅にこれ以上お願いする訳にはいかないから、山へ捨てに行くしかない。」との返事でした。実は年金暮らしのおじいちゃんは要らない子達の始末を相談しに市役所へ電話をしたのだそうです。そしてその時、前述の用に市役所の方から「生全寺へ・・・」と言われたそうです。その口振りには、貰い手を探すつもりも何とかしたいという気持ちも何も伺う事は出来ませんでした。

 私はその時その新たな四人の子猫達を生全寺でおせわしますと言うべきかどうか迷いました。そう言わなければ、確実に四人は殺されてしまいます。そう言ってしまえば私自身また大変になる事は目に見えています。それと次も同じ事の繰り返しになるのではないか・・・色々な考えが頭の中をグルグル回りました。私は・・・言えませんでした。皆様にも判っていただけると思います。生き物は元気な時だけではない事、その子達が具合が悪くなった時の心配等の精神的苦痛、まして亡くなった時の喪失感や悔しさ、私自身がそういうものでボロボロになっていました。自分から生命に関わる事がとても恐かったのです。
・・・出来ませんでした。

 更に次の月には四人の子猫は動物管理センター(処分されるところ)から引き取りがある日に保健所へ連れて行ったという事を聞きました。そして次の月からはおじいちゃんは生全寺にみえなくなりました。

 生全寺の寺の子達の寺の子となる時の経緯は幾つかのパターンがある様に思います。ぷんたんきん達の場合もその中の一つですが、他にも「自称犬や猫の保護活動をしている方」からの持ち込みという事もよくあります。
「○日後に里親さんに貰われると決まっているから」「里親さんが見つかるまでちょっと預かっていて下さい」それっきりその後の様子を見にもみえなければ、里親さんうんぬんの話も知らん顔です。そしてその後「○○人の子犬を貰ってもらった」「貰ってもらった子の避妊手術をした」という言葉は聞くことがあっても、生全寺に預けた子の事は話題にもなりません。


 
 また、以前支援物資が雨で濡れないように掛けられたビニールシートを見ながら「支援、お願いします。お願いしますって乞食と一緒よね。」と仰った方が居ました。
それを聞いた時私は驚きました。何故ならその方は【**に捨てられた、△△で保護した子犬や子猫】を生全寺へ当たり前のように何度も連れてみえていた方だったからです。

 その子達にも生全寺では支援していただいたご飯をあげ、フロントラインを使い、必要があれば病院へ連れて行き、里親探しに並び、里親がみつからなかった子には避妊・去勢をし・・・。そうやってその方の連れて見えた子犬も子猫も、分け隔てなく何人もお世話させて頂きました。それなのにどうして先述の様な言葉をぶつけられなくてはならないのでしょうか?
 この方達に限らず、捨て猫・捨て犬を生全寺へ連れて行く事が保護活動と思われている方が多いのはまぎれもない事実です。そしてその場合は、何故か生全寺が引き取って当然という状況になっています。生全寺の存在って一体何なのでしょうか。

「何故なのだろう。」
私は心の中で何度も問いかけました。普通の知り合いの家庭に子犬を何匹も預けたら平気でいられません。お世話に手が掛かる事は当然判りきっているからです。ご飯代やら何やら・・・生き物を人に預けるという事は、預けてそれでおしまいではないはずです。その後のそういう事を知らん顔して何故平気で居られるのですか。何故犬や猫で家の中が汚れても、それが生全寺ならいいんですか。犬や猫のお世話でてんてこまいしても、何故私ならいいのだろう。

 そしてその上「乞食と一緒」と言われたり、「支援なんかお願いして・・・」「家が汚い」とかそういう方から言われなければいけないのでしょうか。どなたかその答えを教えて下さい。

 この様に引き取って一緒に生活をする事に対しては【公の施設】のような扱いをされ、現実のお世話の人手や皆の生活から出るゴミ処理や、何より医療費や設備費など経済的な事に関しては全くの【個人的な事】とされます。実際、ぷんたんきんの亡くなった三人の兄猫達の治療費・荼毘の費用を考えると年金暮らしのおじいちゃんのお布施を遥かに越えます。そして後三人のこれからの避妊・去勢の費用、医療費、それから最後の荼毘の費用、これらはきれい事ではすまされません。現実の問題として生全寺にのし掛かってきます。
 今現在のように全国の皆様にご支援をお願いできるようになったのはほんのここ数年の事です。

 ところで、ぷんたんきんの兄弟四人が人間の手によって処分された事について誰を責めれば良いのでしょうか。年金暮らしのおじいちゃんでしょうか。それとも知らんふりをした私でしょうか。それとも、その前の時点で生全寺の電話番号を勝手に教えた市役所の課長さんでしょうか。

 私にとっては年金暮らしのおじいちゃんより酷いなぁと思う人がもっと一杯いました。少なくともおじいちゃんは半年間お寺まで通って見えました。自分が放棄した生命への責任を取ろうと努力されたのだと思います。確かに【産まれたら捨てる】の行為は酷いことだと思いますが、おじいちゃんの年代と私達の年代では避妊・去勢についての考え方に差があります。この事はおじちゃん一個人の問題では無いと思います。それから動物に関する法律がどんどん改正されている今現在において、一言の避妊する事の勧めもなく、個人宅(生全寺)を捨て場に紹介するという市役所の方の行動もどうでしょうか。そして生命を担う事を【苦しい】として余所を向いた私自身が何より此処にいます。あの時から時が経てば経つ程、自分自身の弱さに気付かされています。
--------ごめんなさい。


 先日、住職が重度の疥癬と猫風邪に掛かった茶トラのニャアを保護しました。 視力が殆ど無くなった住職が、二~三日その猫を見かけない事を(住職の視力が殆ど無くなった為、そこにうずくまっていたのに気付いてあげられなかったのですが)気にしてお店の人に尋ねる迄の三日間、お店の外にうずくまったままの状態のその子に手を差し伸べる人間は一人も居なかったのです。その子の状態は、普通の視力のある人間なら健康を害している事は一目瞭然な状態でした。その子の他にも今まで保護した子達の中にも「こんな状態なのに何日間も人間は放っておいたのか!」と思わざるをえない子がたくさん居ました。そう考えると、捨てられる子達や虐待にあった子達の絶対数に対して、手を差し伸べる人間の数が圧倒的に少なすぎると思わざるをえません。

 また【要らないもの(命)は保健所に連れて行って処分すればよい】という、今までの考え方をこれからの子供達に決して受け継がせてはならないと思います。この様な現実を今の大人がふまえなければ、生全寺の様にその受け皿とならなくてはならない存在が消えて無くなる事はないと思います。

 私自身十数年間余り、生全寺の一人として生きてきましたが、そこで味わったたくさんの「何故?」という不条理に、精神的にまいってしまいました。それでも住職と、たくさんの寺の子達との出会いは私自身を良い方向へ導いてくれたと信じ、そして感謝しています。ましてや私以上に、私の三倍もの長い間ずっと同じ活動を続けてきた住職にはもっと想像しがたい苦労が続いているに違いありません。

akao20070406.jpg
 先述の弱った茶トラの猫(あかお君:写真↑)を「病院へ連れて行ってもらった」と、知らせを受けた時、私は嬉しかったです。住職が住職で良かったと、そんなニャアに迷わず手を差し伸べられる住職で良かったと、そしてこれからもそういう住職でいて欲しいと願います。例えどんな苦労があろうとも・・・。

 一個人として全国におられるたくさんの保護活動をしていらっしゃる方々に、私はエールを送りたいと思います。もちろん誰よりも生全寺の住職にエールを送ります。これからもお心が変わる事なく活動を続けて頂きたいと。

 生全寺の子を里親に全部出してしまうべきだというご意見も頂く中、私なりに考えました。生全寺の子の数は全国で毎日のように殺処分されたり放棄されている子達の全体数にしたら、ほんの砂粒程しかありません。たったそれだけの数であっても、生全寺を出るという事は他の子達にお家が出来る可能性の数を減らしてしまうことに他なりません。それは出来ません。何のために今までの月日があったのか判らなくなってしまいます。そういう御意見は「支援をお願いしてまで続けなくて いいのではないか」というお気持ちからだと私なりに理解しています。

 ・・・正直に申し上げます。「御支援お願いします」の一言を口にするのは軽い様で大変重い事です。出来るならば口にする事なく日々を過ごせたらどんなに楽だろうかと思います。でも、私はたとえ御支援をお願いし続けなくてはならなくても、それでもニャアやワア達に「生きていていいんだよ。君の命なんだから。」と言える場でありたいと強く思うようになりました。

 そして、御支援下さる皆様の心の中にもきっと【皆様御自身の生全寺】が存在しているのではないでしょうか。私は【生き物全ての寺 生全寺】は、住職の魂の叫びであると共に、たくさんの支援者の方々の思いであるに違いないと思っています。



 現実に日々の中で思い悩む事の多い中、支援して下さる皆様がいらっしゃる事が生全寺の心をどれだけ温めて下さっている事か、改めて御礼を申し上げます。本当に有難うございます。全国の皆様、どうぞこれからもダーナー子、そして生全寺を見守って下さい。心からお願い申し上げます。

 ニャアとして生きるという事、ワァとして生きるという事、人間として生きるという事に何の違いがあるのでしょうか。

生全寺 庫利職 妙佳
合掌
2003年3月

※ぷんたんきんちゃんはお寺に来た時既に持っていたと思われる病気により、2003.5.15に御浄土に旅立ちました。最後までお愛想の良い気遣いの子だったそうです。
スポンサーサイト
プロフィール

さるこの庵

月別アーカイブ
検索フォーム
経緯・支援について
カテゴリ
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。