FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年6月発行号

※かわら版に掲載されているかかさんの文章から、一部を抜粋しています。

私は、自分が看取って来た子達の生き様を見て、人間としてどう生きるべきなのかも学ばせてもらった様な気もします。嘘をつかず、他人を利用せず、自分の人生で起こった事は自分の責任として他人のせいにしない。人を信じて、信じた人がどう変わってもそれでいい。幸福はいつも自分の中にある。他人から与えてもらえるものではない。
 同じ人間としての言葉で会話したことは一度もないですが、わんこ&にゃんこ達が、その瞳と自分の生を生き抜く姿で、私に教えてくれました。恥ずかしながら、私は大学まで勉強する機会を与えてもらったのに、こんな、人としての基本的な事を学ぶことが出来なかったのです。それを、ここで皆様に告白するのも恥ずかしく思っています。

 しかし、これが「かか」の等身大の姿です。人として、一人の成人として、劣った所やキチンと出来ない所が沢山あります。ただ唯一、わんこ&にゃんこ達の事は三日坊主にならなくて済みました。これも彼らの素晴らしさのお陰だと思っています。私に、お金儲けでも、高価な物への欲求でもなく、もっともっと大切な事を教えてくれたわんこ&にゃんこ達に、心からの感謝を込めて「有難う」と言わせて下さい。

 虹の橋を渡った子達も、今、その生涯を全うしている子達も、本当に有難う。あなた達が犬として、猫として懸命に生涯を過ごしたように、私も動物の中の人間として懸命に生きたいと思います。私はあなた達に恥ずかしくないように生きたいと思います。

 
 わんこ&にゃんこ達が沢山いても、皆の暮らす場所として辛抱して下さる地元の方々に「有難うございます。」

 庵の子達の健康を一緒に考えて下さる獣医の先生に「有難うございます。」
 うるさい位しつこく言う私に、ついて来てくれる現地スタッフに「有難うございます。」
 そして、この原稿を書く事が出来るよう、日々支えて下さる、ちぃむさるこ(VOT)の皆様に
「有難うございます。」


※スタッフの皆さんの文章の中から、この春からかか代行業も務めるようになった「すずさん」のものを掲載しています。
【すずさん:かか代行業】
 担当:梅組・チューリップ組・わんこ一部担当
 
私がさるこの庵を訪れたのは、去年の夏の事でした。それ以来、たくさんの庵の子達にかこまれて、忙しい日々を過ごしています。
 庵の仕事はたくさんあって、やってもやっても終わらないという毎日の中、庵の子達は私達スタッフに遊んでもらいたくて、いつもウズウズしています。それでも遊んであげられる時間はほんのわずかで、いつも「ごめんね、仕事が終わらないの」と言っています。
 そんな庵の子達に掛ける言葉は、いつの間にか
「静かに」「おとなしく」「ケンカしないの」「早くごはん食べて」
になってしまいます。でも、良く考えると、これらの言葉は私が家で息子達に掛けている言葉とほとんど同じだと気付きました。

 人間の子供達に対してと、動物に対してと、掛ける言葉も、思う気持ちもそんなに大差はないのだと、庵に来て実感しました。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、庵の子達の私に対する態度も変化して来た様に思います。最初はただじゃれるだけか、遠くから見ているだけだったのが、私の言う事、話を聞くようになって来たと思います。

 そんな庵の子達を見て、怒ったり、笑ったり、可愛いと思ったり、日々新しい発見の連続です。これからも、この子達の為に自分のレベルをあげ、庵の環境を良くし、庵の子達が一生を楽しく過ごす事が出来るよう務めていきたいと思っています。
スポンサーサイト

2008年12月発行号

※かわら版に掲載されているもののうちの一部を抜粋しています。


現地から~
さるこの庵には、かかさんと一緒に此所を支えてくれている大切なスタッフが4名(2008.11.3現在)がいます。皆さん、日々動物の為に休む暇もなくフル回転で頑張って下さっています。今回はそんなスタッフの方々に自己紹介を兼ねて現地のエピソード等を教えて頂きました。
※4名のうち2名分のみを抜粋掲載しています。

【体操のお兄ちゃんのメッセージ 】
自己紹介:ヨガを学んでいます。座右の銘は道元禅師のお言葉「只管打座」。
--------------------------------------------------------------------
皆さまはじめまして。体操のお兄ぃです。
早いものでさるこの庵でニャーとワァーのお世話をして2度目の金木犀の薫りの季節が過ぎ去り、午後になると山から海に向かって強くて冷たい風が吹く季節がやってきました。
あぁ、もう冬です。
1年前と比べるとスタッフは増え、支援物資も滞りなく、庵の環境は益々と充実してきています。これも皆さまのご支援があっての事だといつも感謝しています。 ニャー達もワァー達も喜んでいます。物資が届く事で人が安心し、その安心が彼等に伝わり、庵全体の空気が変わってくるのを感じます。
特にニャー達の反応は判りやすくて、今まで触れる事の出来なかった子が触らせてくれるようになったり、今まで近づいて来る事の出来なかった子が足元をうろちょろとしています。相変わらずベッドの下から顔だけ覗かせている子(ふるふる君:チューリップ組)もいますが・・・
微力ではありますが、ワァー、ニャー達が幸せに過ごせるよう、これからも、より一層頑張っていきたいと思います。                         合掌
furufuru2.jpg


【ゆいさんのメッセージ 】
抱負:吠える犬をすぐ静かにさせられるようになりたいです。
--------------------------------------------------------------------
9月末からさるこの庵に入りました。よろしくお願いします。
昔から動物が好きで動物関係の仕事がしたいと思っていたので、ここで働いてみたいと思いました。
最初、一番印象的だったのは梅組の愛光夢です。目が見えていないという事を聞いて、それから愛光夢の事が気になるようになりました。目が見えないから部屋の中を徘徊していると、他の犬達から意地悪されてキューキューと鳴いています。夜間は愛光夢コーナーを設置して安心して過ごせるようにしています。
最近、わあハウスのひむ太郎を、病院に連れて行った時の事です。車に乗るのを激しく嫌がり大変でした。28kgの大きい犬なので、ひょっとして運転の邪魔をするかな?と思いましたが、大人しく乗っていてくれました。復路は帰れると判っているせいか、喜んで乗ってくれて助かりました。わあハウスで暮らす犬達は皆、とてもやんちゃです。
病気を持っている子もたくさんいますが、ずっと長生きして欲しいです。庵の子達は一人一人大切な存在です。
airin.jpghimutarou.jpg

2008年5月発行号

※かわら版に掲載されているもののうちの一部を抜粋しています。
いつもさるこの庵を御支援下さりありがとうございます。
今回は現地(かかさん)と、現地を訪問した事のある方々から寄せられたエピソードを集めました。
お楽しみ下さい。
----------------------------------------------------------------------------
【動物病院にて:by かか】
ぐりの抜歯と血液検査に通院した時の事です。
診察台の上で血を抜かれながらお利口にしているぐりと、その側でほとんど力を入れず、ぐりに寄り添っている私を見ながら、
「さるこの庵さんの子は(犬猫両方)みんな大人しくてお利口。どうやって躾しているんですか?」
と獣医さんが尋ねてきました。
「愛、愛情。ひたすら愛情。優しい言葉。笑顔。」
すかさずそう答えたら、先生は一瞬ポカンとしていました。

【神無(かんな)ちゃん:by はなたろう】
梅組一等賞の「すりべた」ちゃんです。
後ろから呼んでも立ち止まってもらえない事をちゃんと分っていて、人と平行に歩こうと家具や段差を器用に選び一生懸命鳴きながらついてきます。
その姿が愛らしくて、ついつい手を止めて抱っこ。どんな時でも人の目の前に立つ事を目指しているので、移動する家具の上に乗って加重を増やしたりもしてくれます。
※梅組はエイズ白血病を患う猫達と高齢の犬達の部屋です。

【梅組にゃんことなんちん:by ララクナ】
梅組のにゃんこ達のご飯は、テーブルの上に置きます。
かかさんは以前の丸いプラスティックのお皿ではなく、プランターのような長方形の長ーい容器を、お皿にかえていました。
にゃんこにも上下関係があるのか、順番待ちでなかなかあたらない子もいますが、これだと一度に大勢が食べられる上、お行儀よく一列に並んでお食事しているように見えます。
お口の痛い子、やわらかいものしか食べられない子の為にレトルト(缶詰)も用意します。
これはプラスティックのお盆のような浅いお皿に盛っています。
梅組のにゃんこは足の不自由な子や、高い所に上れない子がいないのでこれもテーブルの上に並べます。
床に置くと、お年寄りわんこ達に食べられてしまうからです。

「でも、なぜかお皿がよく床に置いてあって、それをなんちんが名残惜しそうに舐めているの・・?」

かかさんからその話を聞いた後、気にしてみると、確かにテーブルに置いた洗い終わったお皿が床に撒いてあったりします。
一体誰の仕業だろう。
にゃんこがお皿をけり落とす?
そんなことはなさそうだけど?

そう考えていた数時間後、かかさんは見ました。
テーブルの上に置いたお皿を器用に床におく銀幸子(ぎんここ)ちゃんと、そのお皿を譲ってもらうなんちんを。やっぱり銀幸子ちゃんはお世話好き。
kanna_ginkoko
銀幸子ちゃんは、梅組一番のお世話好きな女の子。なんちんにお皿を取ってあげたり、猫の顔を舐めてあげたり、毎日大忙しです。
写真のように、神無ちゃんの遊びの相手もしてあげます。(さいとう)

【さるこの喧嘩:by 進藤】
今から5年くらい前、さるちゃんが、たしか・・いらおと喧嘩を始めた。
かかさん、でかけてる・・・
喧嘩で怪我をしてはいけないと、意を決して仲裁に入ることに。ほうきをもって、
「やっ、やめなさい!」
とふたりの間に差し込んだその瞬間、さるこの怒りは私に向けられた。
わきばらにがし~っとしがみつき、がぶ~っとされた・・・
雨も降り出して、とってもしょんぼりしたよ。

※猫同士の喧嘩の時に気が立って、かかですら手が付けられなくなる事だけが、賢いさるこの唯一の欠点でした。(かか)

【さること鏡台:by かか】
saruko1_k7.jpg
数年前に他界したさるこ。4/30はさるこの命日でした。
前日から寝込んでいたさるこを、病院に連れて行った時、
「ああ、今日は病院が開いていて良かった・・」
と思った記憶があるので良く覚えています。
さるこがまだ元気だった頃、私は夜眠る時は前髪をピンクの大きな髪留めでまとめていました。
眠っている間にいつのまにかそれがはずれ、朝方4~5時頃になるとさるこがその髪留めで遊んでいるのが日課でした。
たまたまその髪留めを鏡台の上に置いたある日、ふと部屋を見ると、さるこが前足をほんのちょっとだけ机にかけて、髪留めを手でちょいちょいして遊んでいました。さるこが鏡台に手をかけたのは、後にも先にもこの1回だけです。鏡台はかかが大切にしている場所だから、絶対に乗ってはいけない。そう思っているかのように、最後までかかの大切なものを一緒に大切にしてくれていた子でした。

2007年11月発行号

※一部抜粋(今回は、かかさんから皆様へのメッセージのみ抜粋しました。)
さるこの庵を御支援して下さる皆様へ
こんにちは、かかです。遠隔地のボランティアスタッフの方のお陰で今号もこうして「さるこ・かわら版」の原稿を書く事が出来ました。今、左足の横にやがさん太郎が、そしてあしょかが控えています。あかお君茶色のソファの上でてッて(手)を舐めています。姫華はベッドの上で右足を身繕い中です。ぱんこんだはおりこうさん座りをして私の方を伺っています。そんな秋の一夜です。
ashoka yagasantarou
たくさん、たくさんお伝えしたい事があります。整理しつつ原稿を書かせて頂きす。

9月のある日、もう少しで秋のお彼岸だなと心に浮かんだ頃、ウッディコーナーの前で春から夏にかけて少しづつ増やして咲いてもらっていた花を枯らしてしまいました。お盆を過ぎて、どっと体調の悪い波がやってきて、花に水をあげる事が出来なかったからです。その後、ケアルームから道路に出たら【ああ、今日置いて行かれたな】とすぐに判る半分大人位のにゃん子が私がこの家の人と理解したらしく「にゃ、にゃ、にゃ」と話し掛けてきました。道路でその子と話をしていたら、御近所の方と思われる方が自転車で通られました。
「こんにちは」
と挨拶をしたところ、一旦通り過ぎた後で自転車を止めて、私にこんな話を始めまた。
「田舎の人間はな、する事をちゃんとしてたら何を飼おうと何も言わんよ。今迄は大分区長さん辺りからうるさく言われただろうけど・・・」
この言葉は、さるこの庵がこの数カ月間設備の充実に取り組んで来た事に対する評価なのだと思いました。
「借金も大分したんです。」
と笑ってお答えしたら
「ん、借金くらい・・・・」
と半分笑みを浮かべました。それは、借金してもここまできちんとしようと努力したんだね。という、暖かなお気持ちのように感じました。

その1ヶ月前のお盆にも、故郷に帰省して近くのお墓参りに来る方々の反応が、去年迄と全然違っているのを感じました。これまで此所の前を笑顔で通り過ぎる方は皆無でした。今年は、わぁわぁ広場の柵の隙間から顔を覘かせるわん子(この時はてぷりん太郎が覘いていました)を、笑って見ているお父さんがいました。ウッディコーナーでくつろぐにゃん子(多分やがさん太郎)を見て、
「見て、舌ちょんと出して可愛いわねぇ。」
と、お母さんが仰っていました。この言葉が聞こえた時、私は【やった!!】と拳を握りました。こういう言葉が聞きたかったのです。さるこの庵で暮らす子達に、私以外のたくさんの人からこういう言葉をかけて欲しかったのです。何故なら彼等はそういう存在だからです。

8月15日の夜空は、お盆の中でも特に澄んだ星が輝く空でした。見上げた時、お墓参りには行けない私自身の故郷の空も今日はこんなに綺麗だろかと思い、その瞬間地域の方々の気持ちが身体を貫いた気がしました。
【あぁ、長い間申し訳なかった】と、心から思いました。
そしてこの1年をかけて工事を続け設備の充実に全力を尽くして本当に良かったと思いました。それから、その為に御支援をして下さった皆様へ、さるこの庵一同、誰1人のにゃん子わん子ももれる事なく感謝しています。そして、いつも庵の事を考えてくれるボランティアスタッフの方々に(決してたくさんではありません)どうぞ皆様エールを送って差し上げて下さい。この方々が居なければ今の庵は存在出来ていません。誰よりも私が良く知っています。

御支援下さる皆様、ボランティアスタッフとして事務仕事をこなして下さる方々への感謝、お盆に綺麗に咲いて頑張ってくれた花々への感謝、の思いを込めて、今号のかわら版での御挨拶とさせて頂きます。有り難うございます。


2007年10月24日
かか
にゃん子代表:もしょもしょくりん
わん子代表(一応):なんちん


  

2007年5月発行号

※抜粋掲載。 さるこの庵を応援して下さる皆様へ
いつも御支援有難うございます。かかです。
今日はついさっき動物病院へにゃんこ17人、わんこを3人代行さんに連れていってもらいました。お口の痛い子の定期的な痛み止めの注射や、食欲が2~3日落ちた子、血尿が出るようになった子等々・・・
担当の先生が3連休をとられていたので、その間にもいろいろな事がありました。
今迄経験してきた事や先生のアドバイスを思い出し、その子その子にあった処置をして病院へ行きます。納得いくまで治療をし、それぞれ病気や身体に痛みがあっても、なるべくいつもの生活ができるように努めています。
先日盲目のわんこがさるこの庵の一員になりました。気難しいです。お口から薬を飲ませる事も、目薬をさす事もあきらめなければいけませんでした。「ガウッ!」と、私の手の方へ牙を向けます。愛光夢(あいりん)と名付けました。この子の目に明るさが差し込む事がもう無理ならば、せめて心の中にだけは愛情という光が届きますように。そして暖かい夢思いができますようにと、そういう思いで付けました。
ここ2~3日、おしっこをしたあと後ろ足で草かけをする時、見えないはずの目で私の顔を見上げるようになりました。ウッディコーナーの自分の定位置で「死んでいるの!?」と思う位ぐっすり眠るようになりました。ケアルームのなんちん達がお散歩に行く時は、自分もてこてことドッグランの入り口迄来ようとします。でもフィラリアのため心臓が大分悪いと診断されたこともあり、他の子とテンポが合わないので後で別に行くようにしています。
私は愛光夢から自分の世界が真っ暗になったらどういう気持ちになるだろうという事を学びました。それは、その状態を想像する事でしか体験できません。でもその想像するという事が『思いやり』へとつながっていくのではないでしょうか。
ここ数年間、毎日のようにニュースで流れる大人や子供による残虐な事件、人間性のかけらも無い色々な事件・・・。自分や、自分の血を分けた子供でなくても、想像さえすれば相手の痛みがわかるはずです。人間同士傷つけ合ってそれが一体何を産むというのでしょう。
Mちんがさるこの庵で働いてくれるようになって半年頃、私は自分の身体に生命力が全く無いような気持ちがしていました。呼吸をするのもきついような感じでした。
それからだんだん朝仕事を始める時間が遅くなってきました。それでも朝9:00には皆を乗せて動物病院へ出発しなくてはいけません。
そういう日々を続けていく内、やがて日中起きあがれなくなりました。そして、春・夏・秋・冬。真っ暗になって、やっと皆の顔を見に行く事が出来るという日々が続きました。次の春が訪れ、夏も本番になるという頃、Mちんの様子がおかしい事に気付きました。随分体調が悪くなっていただろうと思います。そこまで、さるこの庵の子供達の為に自分を犠牲にして頑張ってくれたのです。
Mちんは私には一言も愚痴を言いませんでした。
「早く元気になって、皆のお仕事が出来るようになりたい」
自分自身のそんな気持ちとは裏腹に、くる日もくる日もだるい日々が続く中、私が自暴自棄にならずに何とか現在を迎える事が出来たのは、Mちんの献身的な行動とたくさんの方々の庵の子達への御支援のお陰だと思っています。これからの日々は、その御恩返しに尚一層生命への御奉公をさせていただきたいと、思いは募ります。
さるこの庵ではわんこ・にゃんこの救助活動をしているという感覚は全くありません。花であれ、動物であれ、生きとし生ける者は生命を全うする権利があるはずです。
その権利を人間の手によってついばまれそうになった子達が、その生命を全う出来る場とさせて頂きたいと願っています。そしてその場を支えて下さる方々にとっても働きやすく、そこで人生を過ごすわんこやにゃんこ達にとっても快適な場になれるようにしなければならないという事を、私自身やMちんの事も考えて強く思います。その為に出来るだけの設備を整えたいと努力しています。どうか皆様お力をお貸し下さい。
さるこの庵はわんこやにゃんこの綺麗な魂と、支援して下さる皆様の動物への深い慈しみと、働く人達の「この子達の為に」という清らかな思いで満たされていると思います。またそういう場であり続けたいと願っています。
たくさんの方々の御支援・御協力をお願い申し上げます。

かか


 
用水路の中に遺棄されていた愛光夢:保護当日 蓋の壁に頭をぶつけながらウロウロしていました
わあわあ広場:整地後
地盤が他所より低いため、高台からの雨水によって土が流れ、配管が露出して土地が傾斜していました。
今後夏の暑さと雨避けの為、全体に屋根を掛ける予定。
【虹の橋へ旅立った仲間達 2006年12月~2007年5月】
 うるちゃん 2006.12.2
 らごら太郎君 2006.12.12
 小太郎君 2007.3.10

2006年12月発行号

※抜粋掲載
年の瀬も押し迫ってきましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。
少し早いですが、今年も一年間、皆様のあたたかい御支援を本当に有り難うございました。
お陰さまで長い間の念願だった、ニャンコ達の日なたぼっこ&砂遊びスペースをケアルームから広げる事が出来ました。松の木の柵と、グリーンの網目状のネットで自 然と調和したとても感じの良いコーナーとなりました。「ウッディコーナー」と名付けました。ケアルームから降りられるように作ったバルコニーと合わせて、ワンコ& ニャンコの良いスペースとなりました。
資金的には無理をしましたが、一日でも早くこの気持ちの良い空間で過ごさせる事 が出来た事を、良かったと思っています。周囲から見るとこのコーナーだけが別の空 間の様です。まだまだ環境、設備的に整っていない部分の方がほとんどですが、ウッ ディコーナーが出来ただけでもワンコやニャンコ達、そして私自身も大変喜んでいま す。皆様にも是非見て頂きたいなぁと毎日思っています。
これも長い間見守り、御支援して下さった皆様のお陰と、庵のワンコ&ニャンコ達と共に心からお礼を申し上げます。このウッディのように皆が快適に過ごせる空間を広げる事が出来るよう願っています。そして庵のワンコ&ニャンコ達が快適に過ごせるようにする事で、ここを支援して下さっている皆様へのお礼にさせて頂きたく、尚 一層身をひきしめて日々を過ごしたいと思います。
これからも、さるこの庵をどうぞ宜しくお願い致します。
2006.12.1  かか

korokorochan_makakyaraa.jpg
ころころちゃん(上)とバルコニー下のまかきゃらあ

cats_at_the_dech.jpg
左から、やがさん太郎/タイガー君/いいこさん

yorunokaigi.jpg
夜の会議中


kamakura0612.jpg
大人気「かまくら」 冬に備えて募集中
左から:タイガー君・ぶんぶん・いら椿


 【虹の橋へ旅立った仲間達 2006年夏~冬】
いら桜:2006.06

irazakura.jpg
ぎんなんこ:2006.06

ginnanko.jpg
のうぼうちゃん:2006.07

noubouchan.jpg
まろあ:2006.08

maroa.jpg
ちょびばば:2006.08

chobibaba.jpg
さるさるぎり君:2006.10

sarusarugirikun.jpg



  ~お知らせ~

「ぱるる」を使った自動送金ができるようになりました。

詳しくはこちらをご覧下さい。



2006年6月発行号

※抜粋掲載。ネット上での公開に伴い、写真と写真説明文に若干修正あり。
~黒猫とお母さんの話~

一匹の黒猫がお母さんと二人で暮らしていました。五月には鯉のぼり、七月には七 夕飾りと季節の行事を楽しみながら二人仲良く暮らしていました。枕には二人の頭が 並び、朝のお母さんの珈琲タイムは、ニャンコにとって大好きなフレッシュミルクタ イムでした。
そんな二人の生活にもう一匹、中学生に虐められていた茶トラの大きい女の子が加 わりました。お腹に赤ちゃんがいたその子は、やがてすぐにお産の日を迎えました。 キッチンのガラスドアの向こう側にある、廊下コーナーが茶トラの女の子とその子供 であるチビ達の場所になりました。
黒猫は時々ガラス越しにチビ達が遊んでいるのを眺めたりしていました。しかし、 お母さんと自分との二人だけの生活が一番大切だった彼は、それ以上の関心を示す事 はありませんでした。

そんな日々が流れ、二ヶ月半経ってチビ猫達がりっぱな大きさに成長した頃。ある日お母さんが仕事から帰ると、茶トラの女の子のお尻が血まみれになっていま した。驚いたお母さんが、痛がって嫌がる茶トラの女の子のお尻を何とか調べてみる と、中身が5cm程はみ出していました。お産の後ずっと体調が優れず下痢が続いた挙げ句の出来事でした。急いで病院に連れて行きたくても、土曜日の夜に連絡が取れる 動物病院は何処にもありません。痛がって鳴く茶トラの女の子の声を耳にしながら、どうしてあげる事も出来ずに、ただ早く朝になる事を祈るだけの長い長い夜でした。
やっと夜が明け、お母さんは電話帳片手に片っ端から動物病院に電話を掛けました。何件も何件も掛け続けてやっと、11時には出かけてしまうけれど、それ迄に終わるようなら診てくれるという先生を見つけました。大急ぎで連れて行くと「これなら簡単な手術で済む」と言われ、思いもよらぬその言葉にほっとしたお母さんは茶トラの 女の子にこんな言葉を掛け、一旦家に帰りました。
「先生がすぐ治してくれるから大丈夫だよ。」
「終わったらすぐに迎えにくるからね。」

家に戻ったお母さんを待っていたのは点滅する留守電のマークでした。
「何だろう・・・?」
本当に何気なく、再生ボタンを押したお母さんの耳に飛び込んで来たのは、
「猫の心臓が止まりました。すぐに来て下さい。」
という病院からのメッセージでした。一瞬何を言われているのか判らず、しかし次の 瞬間お母さんは今来た道を走り出していました。
病院に駆け付けたお母さんの眼に映ったのは、横たわる茶トラの女の子の身体でし た。先生の言葉がどこか遠くの方で聞こえる中、そっと抱き上げたその身体はまだ暖 かでした。
茶トラの女の子を連れて帰ったお母さんは、その夜ずっと泣き続けました。食事も 取らず、部屋の中で横たわる茶トラの女の子の身体を撫でてはお線香をあげ、また涙 を流す。黒猫は、そんなお母さんの姿をじっと見ていました。
茶トラの女の子が亡くなった夜、心配だったのは突然母を失った5匹のチビ猫達の事でした。お母さんが泣きながら、タオルケットを持って廊下にあるチビ猫達のコーナーに行こ うとしたその時、今迄茶トラの親子には一切関心を示そうとしなかった黒猫が、初め てガラスのドアを「開けて」と言いました。
そうしてその晩は黒猫の周りにチビ猫達が固まり、その傍らでお母さんも加わって皆一緒に廊下の片隅で眠りました。朝になり、黒猫は自分のコーナーへ戻りました。黒猫は男の子でおっぱいは出ませんでしたが、その身体は5匹のチビ猫にちゅぱちゅぱ吸われて全身涎まみれでした。
次の晩も、またその次の晩も・・・。その後一ヶ月余りも、夜になると「ドアを開け て」と言ってチビ猫達の所へ行き、朝になると身体を涎まみれにして自分のコーナー へ戻るという、黒猫の生活は続きました。 その姿にお母さんは言い様のない感動を覚えました。それは猫に対する考え方がガラリと変わる体験でした。
横たわったまま動かない茶トラの女の子、泣いてばかりいるお母さん、何も知らずに母猫を待っているチビ猫達・・・それらの事を自分なりに捉えて、チビ猫達を思 いやる行動に出た黒猫の中 に、お母さんは「思いやりの心」を強く感じました。人間でさえ忘れてしまいがちな その心を、黒猫はちゃんと持っていたのです。黒猫は、それから先も事ある毎にお母 さんに驚きを与えてくれました。

【動物も人間も同じ心を持っている】と、そう教えられ、人間が優秀であるという概 念は吹き飛ばされました。そのお陰で、お母さんのそれからの人生は違ったレールの上を走る事になります。
黒猫の名前は「さる子」と言いました。お母さんは十数年前の私です。
「さるこの庵」の名前は、さる子から教わったすばらしい事を忘れない様、此処が 思いやりの心で一杯な場所になる様に願って付けました。

2006年 初夏  かか

saruko_200606.jpg saruko_2.jpg
元祖ぶうぶう号に乗るさるこ(左)と、自慢の勲章

saruko1_200612.jpg
かかさんの肩に抱っこされるさるこ


【2005年冬~2006年春・虹の橋に旅立った子達】
moukochan_wakare.jpg もうこちゃん 黒い部分が多い黒白柄でした。お花は白で飾りました。 kontarou06.jpg こんたろう君 皆さんから送られてくるクリニケアが大好きでした。 maru_saigo.jpg まる まるの一声で、大騒ぎのワン達が静まっていました。眠るように旅立ちました。
sagachou_wakare.jpg さがちょう 最期の時は皆がお別れを言いに、回りに集まっていました。
bibibunko.jpg びび文 キャットタワーで遊ぶのが大好きな、活発な子でした。 ringokun.jpg りんご君 人と触れ合うのが苦手な子だった為、写真は少ないです。 kinkonchan_200606.jpg きんこんちゃん 真っ白で人懐こい子でした。ケージはさうる子ちゃんと二人部屋でした。

2006年1月発行号

※抜粋掲載。ネット上での公開に伴い、写真に若干修正加工あり。
新年あけましておめでとうございます。
昨年一年間は並々ならぬ御好意を頂き、有難うございました。
昨年は渡しの体調不良、天井と屋根の補修のお願い等で皆様には随分と御心配頂きました。
綱渡りの連続のような日々のなか、此処に住むワンニャン達が元気に笑っていられるのは、いつも黙々と私を支えてくれるMちんと、さるこの庵を暖かく見守って下さる皆様が居るお陰と思います。
皆様のお陰で無事一年を乗切る事が出来た事を深く感謝します。
今年もどうぞ私達を見守って下さい。


2006.元旦  妙佳


irazakura.jpg いら桜は食欲不振と下痢の治療中。ささ身好きな甘えん坊です。
nekotower.jpg

キャットタワーは、皆が大喜びで掛け登る為、設置して1年でこの状態・・・。
随時募集中です。


たくさんの楽しい思い出をありがとう
【2005年・虹の橋に旅立った子達】
さるこの庵では末期治療が充実してきた為、以前のように突然亡くなる子は殆どいなくなり、私は皆の最後の時間を共に過してあげられるようになりました。

彼等を見つめていると、病気で弱っていく身体とは別に、彼等の中にはそれぞれにキラキラと輝く真珠の玉のような魂があるのを感じます。私の役目は、そんな彼等の魂がキラキラ輝くままの状態であの世に旅立つのを見送ってあげる事なのかもしれません。そんな思いをさせてあげたい。

そう願っています。
ryuujirou.jpg 龍二郎君 穏やかな優しい子でした。
kabikun.jpg かび君
umitosorakun.jpg うみとそら君(左) 右のりんご君は元気です。

shirochan_1.jpg しろちゃん最後のお別れ。

旅立つ子には柔らかい毛布・お花・お菓子をもたせてあげます。

biichikun.jpg 最後まで病気と闘ったびいち君。 かかさんに抱かれて。
himegon.jpg 可愛いお嬢様だった姫ごん。
miotakun.jpg 美尾太君。 暖かい毛布に包まれて
shirochan_2.jpg しろちゃん。 かかさん・ちょびばば(白犬)・茶々(手前)に見守られて

2005年6月発行号

※写真抜粋掲載のため、一部割愛している文章があります。

皆様こんにちは、「かか」こと妙佳です。
今年も既に半分が過ぎましたが、皆様は如何お過ごしでしょうか。
今回、会報「さるこ・かわら版」を発行出来る事を嬉しく思う反面、出来る事ならもっと早くに皆様にお届けしたかったと申し訳なく思います。
本当なら去年の台風以降の私達の様子や、毎日の事をもっと皆様に知って欲しい。寺の子達一人一人がいかに魅力的かをもっと伝えたい。常にそう思いながら、伝える為の時間が無い事が悔やまれます。そんな中でも少しでも多くの事を皆様に伝えられるよう努力して行こうと思っています。
さて、今回お届けするのは今年の正月に撮った写真です。これはお手伝いに来て下さった方に撮影して頂いたものですが、ワンコ達が元気に写っています。毎日の事に追われて写真の整理も出来ないでいる内に、すっかり季節はずれになってしまいましたが、どうしても皆様にこの元気な笑顔をお届けしたいと思いました。



さるこの庵に居ると一日一日の密度が濃いのを感じます。此処にはGWも御盆もお正月も関係ありません。ただ毎日「かか」と「めぐちん」と「寺の子達」で目まぐるしく過ごしています。
 昨日手術した子の経過が気になる、
 食欲が落ちた子がいる、
 いつもと様子が違う子がいる・・・
そんな心配事が尽きる事はありません。病気の子を看病して夜眠れない事、やっと眠れても一時間もしないで目が醒めてしまう事もしばしばあります。朝になれば急いで身支度を済ませ、めぐちんに留守を任せて病気の子達を治療に連れて行き、戻ったらすぐに皆のお世話に取りかかる。
そうやって慌ただしく過ごす中、私もめぐちんも目の前の事に追われてフードや物資が不足しかけている事に気付かない事もあります。気付いた瞬間のの全身が寒くなるような思いと、緊急なお願いにも関わらず急いで物資を送って下さった方々への言い様のない感謝の気持ち。物資が届いた瞬間、私もめぐちんもどれ程嬉しいか。これで皆に食べさせてあげられる。と、感じる事がどれ程幸せな事か。
けれどその反面、誰もが己の人生や生活を背負って頑張っている中で、私達の事迄これ程に考えて頂けるという事に申し訳なさも感じます。
だからこそ、せめて私は自分に出来る事を精一杯しなくてはと思います。
まだ若いのに真っ黒に日焼けしながら共に頑張ってくれる「めぐちん」の事もお知らせしなければなりません。めぐちんはもともと此処に手伝いに来ていた学生の一人でした。去年の夏から自らの希望で此処に来て以来、毎日寺の子達の為に頑張ってくれています。けれど此処の仕事は、いくら若くても体力的に相当厳しいと思います。
 寺の子達が眠る為の何十個ものケージ掃除
 何十個とある猫達のトイレ掃除
 朝晩のご飯や水の世話
 犬達の散歩
 皆の健康管理・病気の子達への投薬・・・
と、数えあげたらキリがありません。どの仕事も完璧にこなそうと思ったら何時間もかかります。そういうきつい仕事も嫌がらず、自分の仕事として黙々とこなし、私の身体の事まで気づかってくれるめぐちんは此処の大切なスタッフです。
また、去年から今年にかけて虹の橋に旅立った子も多く、それと同時に此処には相変わらず持ち込まれて来る子も多いです。
場所も体力も限界をとうに超えている。けれど、此処で断ればこの子は確実に保健所で死ぬしかない・・・。そんな葛藤の末に結局犬猫達を預かって途方に暮れる瞬間は確かにあります。
それでも彼等の顔を見ている内にどんどん情が湧いて来るのもまた事実です。そうやって此処に来た寺の子達が、ふとした拍子に見せる何気ない仕種に心が癒され、彼等の笑顔で疲れが吹き飛んで行く。その度に、この子達が少しでも多く笑顔で過ごせるようと心から願うのです。
そして、さるこの庵にいつも笑顔を送って下さる皆様、本当に有難うございます。
これからもさるこの庵を見守って下さい。

さるこの庵代表 妙佳


kumara.jpgくまら makakyaraa.jpgまかきゃらあ

miyachan.jpgみやちゃん gonasaku.jpg吾梨作(ごなさく)

chihopon.jpgちほぽん erichan.jpgえりちゃん

chibikakasan.jpgちびかかさん ashoka0506.jpgあしょか

寺の子通信 2004年夏発行号

生全寺訪問日記 動物病院
昼休みも終わり、学生達も休憩から戻ってきたのでかかさんと私は動物病院まで行く。学生達のお陰で、かかさんは自分の居ない間も皆の事を任せられるのが何より安心するらしい。やはりそういうのは表情や雰囲気で判る。
それを感じながらも、私の心配は知らない道を片道五十分運転という事と大勢の寺の子を乗せている責任の重さにあった。
学生達があんなに頑張ってくれているんだからこっちもしっかりしなくちゃと思いつつも、心配なのは仕方ない。もともと心配性は私の悪い癖で、何を始める時も一通りあれやこれやと考えて心配したりする。今回もその悪い癖がムクムクと頭をもたげてきているだけなのは良く判る。走り出しちゃえば平気なんだけどなんでだろう。
そんな余計な事を考えながらもくまさん太郎&茶々ちゃんのワンコ二匹は乗車前のトイレを済ませ、二ャンコ達もそれぞれキャリーに入って頂き、計三十分強の前準備が済んで無事発車。
今日のメンバーは、キャリーバッグを総動員して乗せた十二~三匹の二ャンコ達+くまさん太郎&茶々ちゃんのワンコ二匹+人間二人。くまさん太郎は診察してもらう予定だけど、茶々ちゃんは一緒に付いて来るだけのお気楽な道行き。どうやら茶々ちゃんは車でお出かけの時は、必ずかかさんの膝に乗って一緒に同行するマスコットガールらしい。今日もドキドキな表情の他の子達を尻目に、くまさん太郎なんて隙あらば逃げ出したい顔をしているのに、一人鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で乗っているつられてこっちまで笑顔になってしまう様な可愛らしさである。
そのまま機嫌よく颯爽と出発・・・と行きたかったが、先程心配していた責任の重さより何より車が重たい。非力な軽自動車でこの乗車率は結構厳しいのだろう。学生達の「行ってらっしゃ~い」という明るい声を後に、ヨイショッという感じの何とも格好悪い出発になってしまった。
ちなみに動物病院までの道は拍子抜けする程簡単で、かつ空いていて走りやすかった。そして動物病院も明るく清潔で、先生も丁寧に病状の説明をして下さる真面目な方でした。
さて、動物病院から帰宅するともう夕方近くなっていた。 往復と診察時間合わせるとどうしても三時間強は掛かってしまう。寒くなる前にワンコ達を家の中に入れたり、未だ済ませていない子の散歩を学生達と一緒に始めていたら、ケージ掃除をしてくれていた子が汚れた新聞紙をパンパンに詰めたゴミ袋を抱えて家の中から出て来た。 ふとゴミ置き場を見るとそんなゴミ袋が山積みになっている。ワンコ達のケージや廊下に敷いてある新聞紙を取り替えるだけで軽く十五~二十袋、御堂で療養中の子達のケージ分が十袋、二ャンコのトイレを全部掃除すると更に十~十五袋は加算される。
更にワンコ達のウンチを拾っても、食事の缶詰めを開けてもゴミはドンドン出るので、ゴミ袋はいくらあっても足りない位である。
手伝いの人数が少ないと、こうして出たゴミを処理場に運ぶ時間が無く、結局そのままにして帰宅する事になり、非常に後ろ髪引かれる思いをする事になる。しかし今回は人数が居るから処理場まで全て運ぶ事が出来る。
これだけ溜まると、明日以降に処理場に行くとして今日までに溜まった分とその後、お寺の軽自動車で何回位往復すれば全部処分出来るかなぁ?という感じではあるけれど。
本当に人手があるのは有り難いです。
ありがとう
しかし現地に来てみると、人手と同じ位有り難いのは新聞紙やフードを始めとする支援物資や支援金を送付して下さる皆様だという事もしみじみ実感する。
例えばよもぎ、まろあ、てぷりん太郎、ばば太郎等、もしも寺の子のワンコで誰か思い浮かぶ子がいたら想像して欲しい。
その子達のケージに敷いてある新聞紙にウンチやオシッコが付いている。誰だって夜は綺麗な新聞紙の上で眠りたいだろうと思うから、夕方中に入れてあげる前に汚れた新聞紙を取り替えてあげたい。でも、新聞紙自体がなければ現地ではどうする事も出来ない。
どうしようか・・・汚れた部分だけちぎって何とかしようかと途方に暮れている時に、丁度届いた荷物の中に新聞紙が入っているのを見つける。その時はまさに歓声をあげたくなるほど嬉しい。
例えばべっぴんさん、珊瑚ちゃん、のうちゃん、七夕君、さくら、もしょもしょくりん等、同じく寺の子のニャンコで思い浮かぶ子が居たら具体的に想像して頂けると判りやすいと思う。彼等が居る部屋のトイレ砂が汚れて居た時、替えの裂いた新聞紙があればすぐに綺麗なものに取り替えてあげられる。新しい新聞紙に取り替えて貰えると、「待ってました!」とばかりに綺麗なトイレを使おうとする。その様子を見た時、しみじみとそれを送って下さった方々に「ありがとう」と感じる。
今日皆に食べさせるご飯が足りないという時、もしかしたら物資の箱の中にあるかもしれないと探したら缶詰やカリカリが入っていた時の嬉しさは、私も現地にお手伝いに来て始めて判った。
また寺の子に異常が見られた時、すぐに動物病院に連れて行けるのも皆様から送って頂ける支援金があるからだと思う。
必要な子に定期的に痛み止めを打たせてあげられるのも、普通の食事が出来なくなって来た子にクリニケアを飲ませてあげられるのも、寒い時にヒーターを付けてあげられるのも、暖かい毛布の上で眠らせてあげられるのも、全ては支援者の皆様が自分の欲しい物を我慢したり、家計をやりくりして送って下さる支援金や物資のお陰という事を深く実感せざるを得ない。
かかさんがよく口にする「ありがとう」という言葉を、私もこの場を借りて言いたくなりました。

-----------ありがとう-----------

chobiko_chobibaba04.jpg
ちょび子(左)・ちょびばば(右)
育ての母に遊んでもらうちょび子。ちょびばばは面倒見の良いおばあちゃんです。

guri2004s.jpg konko2004s.jpg
ぐり(左)・こんこちゃん(右)
ぐりちゃんのカラーはこんこちゃんの物よりずっと新品なはずなんですが、元気に暴れ過ぎてちょっとボロボロ。 こんこちゃんは不思議とカラーが似合います。

chacha2004s.jpg himuko2004s.jpg
茶々(左)・ひむ子(右)
お寺のマスコットガール達。
茶々ちゃんは甘えん坊で、かかさんが車で外出する時は必ず一緒です。後ろに居るのは美人なのが自慢の姫ごん。外遊びに飽きて家の中に入りたがっている所。
ひむ子ちゃんは小柄で賢くてちょっとおしゃまさん。

babatarou_2004s.jpg kumasantarou_2004s.jpg
ばば太郎(左)・くまさん太郎(右)
パワフルなばば太郎とインテリのくまさん太郎。性格や印象は随分違う様に感じるのですが、流石兄弟とあって、こうして比べてみるとやっぱり似ています。
bokko2004s.jpg ginnanko_2004s.jpg
ぼっこちゃん(左)・ぎんなんこ(右)
新入りのぼっこちゃん。警戒心が強くて、今回は心を開いてはもらえませんでした(涙)
ぎんなんこはこの写真だと少し黄昏れて見えますが、実は人に甘えたくておおはしゃぎする子です。

bokko_muuko2004s.jpg
むー子(左)・ぼっこちゃん(右)
警戒心の強いぼっこちゃんも子供同士気が合うらしく、しょっ中むー子ちゃんと戯れていました。ちなみにぼっこちゃんはダーナーさん募集中です。宜しくお願いします。
プロフィール

さるこの庵

月別アーカイブ
検索フォーム
経緯・支援について
カテゴリ
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。